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味噌屋の長男
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長編5分
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地元の話。私の実家の近所にある旧家、田木家(仮)は、地元でも有名な伝統ある味噌屋です。田舎ですが、それこそ何代も続いているような、由緒正しい家柄のようです。そこに、私は全然面識はないけど、30歳くらいの長男がいるんです。もう7~8年前に、そこの長男が狂ったんですよ。というか正確に言うと、7~8年前に、そこの長男がおかしくなっているのを見たんです。確か、そんなに遅くない夜でした。私はスーファミをやってたんです。 そしたらどこからか、「うぅー、うぅー」「うあうううー、あうううー」といったカンジの声が聞こえるんですよ。そうですね、例えるなら、子供がねだったものを買ってもらえずに、グズっている時のような声ですね。最初はイヌの遠吠えかとも思いましたが、どうも人の声に聞こえるので気味が悪くなってきて、1階に下りていったんです。すると母親も不思議がってて、どこから聞こえてくるのかを探って、縁側をうろうろしていました。「なんだろね」「外からだよね」と言いながらも結局わからずに、2階の自分の部屋に戻りました。しかし、声がぜんぜんやまないので、いよいよ気持ちが悪くなってきて、窓から外を覗いてみたんです。声の方向を耳で探ると、どうも味噌屋の田木家から。田木家自慢の、いくつもあるデカい蔵(味噌樽が置いてあるのでしょう)がウチから見えるんですが、そこの一番奥まった場所に建つ蔵の天窓に、なにかがうごめいているのが見えました。暗くてハッキリと見えたわけではありませんが、それが人間であることはわかりました。天窓の格子の間からせいいっぱい両手を出して、泣きながら壁をひっかいているんですよ。それも、ものすごい勢いでがりがりがりがりと。「出たい出たい」って感じです。私はとにかくビビって、急いで母親を呼んできてそいつを見せると、「あれはきっと田木さんちの長男だ」と言うんです。詳しく聞いたところ、小さい頃はよく見かけたんだけど、ここ何年も姿を見ていなかったこと。噂では、田木家の奥さんがどうしても長男をT大に入れようとして、長男は受験ノイローゼでおかしくなったらしいとのこと。蔵のひとつを部屋としてあてがい(つまり監禁)、長男がおかしくなったのを必死に隠しているらしいこと。あくまで噂で曖昧なのですが、こんなことを教えてくれました。話を聞いている間も、長男はがりがりがりがりと必死です。ハムスター飼ってた人ならわかると思うけど、ゲージの入口から必死に這い出そうとするじゃないですか。あれにそっくりなんです。これは尋常じゃないと思った私は、母親に「田木さんちに行こうよ。あれ普通じゃない」と言ったのですが、「やめとけ。絶対中に入れてくれないから」の一点張りで、動こうとはしてくれませんでした。私は女だし度胸もないから、1人で田木さんちに行くこともためらわれました。「じゃあ警察に電話を」と食い下がると、「騒ぎを大きくするな。あそこの家はあれでいいんだ」と強く諭されました。田木家は四方がすべて広い畑で囲まれていて、近くに家は私んちぐらいしかないんです。つまりこれ(蔵の中の長男)に気づいているのは、私んちだけなんです。母親は「ウチさえ黙ってりゃいい」と言うのですが、でも私は、必死に壁をがりがりやるあの人影がとにかく可愛そうで、「じゃあいいよ、あたしが行ってくるよ」と、止める母親を無視して家を飛び出していったんです。田木家のすごくがっちりしたいかつい門の前で、何度もブザーを押して、「すみません!お宅の蔵の中に人がいるようなんですが!!」と叫びましたが、全く応答はありませんでした。すごく怖かったのですが、思い切って「警察を呼びますよ!!」と叫びました。するとやっと返事があったんです。『なんでもありません!!おひきとりください!!!』と一言だけ…。仕方なく帰ろうとした時には、あんなに叫んでいた長男(?)の声は、ウソのように止んでいました。そしてその後、私が家を出るまで、あの声を聞くことはありませんでした。田木家の長男は、私の母親の話によれば、今年30歳になることになります。まだあの大きな黒い蔵のなかに居るんでしょうか。もちろん、生きていればの話ですが…※先日お盆の際に帰省して、母親にその話をふりましたが、やはりその後は、声が聞こえることはないそうです…
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