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小さな白い影
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中編4分
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私は親族に、 主に妻の家族へ隠し事をしている。 なぜ私だけが知り、 なぜあの時お義父さんが私だけに話したのか。 それは10年以上経過した今でもわからない。 それは妻の母親、 つまり私のお義母さんが亡くなってから2ヶ月後。 その日は甥の誕生日があり、 親族で誕生日パーティーを開いたときの事だった。 私は義兄に頼まれて、 そのパーティーの様子を8ミリテープのビデオカメラで撮影していた。 すでに認知症気味だったお義父さんもその席にいた。 お義父さんには、妻との結婚や娘の誕生の時など、 元気な頃には本当に数え切れないほどお世話になった方だった。 正直、飲んだくれで借金まみれだった私の実父なんかとは、 比べ物にならない立派な人であり、 心より尊敬できる『父親』であった。 そんなお義父さんは、 ボ~っとしたまま焦点があわない瞳を泳がせるだけになってしまった、 今までのご恩を思うと、そんな姿が本当に痛々しかったのを覚えている。 後日、チェックの為にビデオを見ていると、 お義父さんの座っている椅子の後ろに、 ぼんやりと小さな白い影が映っているのを発見した。 その後、義兄の家へ赴き、 ビデオを再生しながらそれを見せると、 「これお袋じゃないかな」 と言う。 確かに、生前のお義母さんの背格好によく似ている気がした。 「親父を思って出てきたんじゃないかな。 ほら、親父はもうボケ始まってるし、 あの世に行っても心配してるんだろうな」 あまりオカルトな事とはほとんど無縁な私だったが、 その時はなぜか素直にナルホドと思ったのを覚えている。 他の親戚に会うたびにそのビデオを見せた。 不思議と怖がる者は一人もおらず、 みんな納得したかのように、 お義父さん夫婦の愛情を喜んでいた。 そして、再び妻の家へ出向いた際に、 ビデオテープをお義父さんにも見てもらおうと持っていった。 「ほら、お父さん、ここにお母さんがいるよ。 まだお父さんの心配してるんだね」 妻がTVに映し出された小さな人影を指差して、 父親の耳元で話をしていた。 そこで私は、 お義父さんのボンヤリとした目に涙が浮かんでいたのに気づいた。 妻もそれに気づき共に涙を浮かべた。 その日から1ヶ月もせず、 お義父さんが倒れた。 脳内出血だった。 救急車で病院に運ばれたのだという。 それ以降、親戚の間では、 「お義母さんが、 お義父さんを連れて行こうとしているんじゃないか」 と噂をするようになった。 あのビデオを見せた日の感動が何かバカにされているようで、 私たち夫婦は悔しかったが、 時期や状況だけに、 そうさせてしまうのは仕方のないことだった。 お義父さんのお見舞いに行った時、 もうほとんど寝たきり状態になり、 言葉も不自由になった姿を見た私は、 涙を堪えるのに必死だった。 あんなにも優しく、強かったお義父さん・・・ 今の姿からその面影も感じることができなかった。 妻が席を離れた時、 ふとお義父さんがTVを指差していることに気づいた。 TVが見たいのだろうかと思った私は、 TVの電源をつけようと立ち上がった。 しかし、ふと気づく。 お義父さんの目は私を見ていた。 何か言いたいことがあるのだろうか? そこで私は、 あのビデオテープに関することじゃないのかと思った。 それはある意味、 直感的なものだったのかもしれない。 お義父さんの呂律の回らないしわがれた声が、 それを確信に変えてくれた。 しばらくして、 お義父さんが亡くなった。 お義母さんが亡くなって 1年も経過していなかった。 案の定、親戚の間では、 「お義母さんが連れて行ったんだ」 という話になっていた。 そう、妻の親戚の間では そういう話にしておいたほうがいいのだ。 これ以上、 あのお義父さん夫婦の間を汚してはならないのだ。 だから、 あの病室でお義父さんが何故か私だけに言ったあの言葉は、 私の心の中だけにしまっておこうと誓って、 もう10年以上が経過した。 「あれは、ばあさんじゃない」 もうほとんど、 あのビデオは話題に上がらない。
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