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小さな石橋
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短編2分
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私が京都は東山にあるその営業所に移動になったのは、春先の桜が満開の季節でした。 小さな営業所ではありましたが仕事は多く、 音を上げずに勤めていられるのは、ただ同僚の方たちの人柄ゆえでした。 その日も残った仕事がなかなか片づかず、時間も既に夜半を過ぎ。 私はKさんという私より3つほど年上の男性に、アパートまで送って貰うことになりました。 Kさんは真面目で無口ではありますが、人に緊張感を与えないタイプで、 私もどちらかというとのんびりした性格でありますから、ふたり気兼ねなく夜道を歩いて行きました。 桜の季節、道はうす桃色の花びらを敷き詰めたごとくで、 また、ふわりと白い花片が目の前を舞い降りてゆきます。 時間帯が時間帯だけに、うかれ騒ぐ気配はあたりに見られず、 とにかく静かで美しい風景に、私はすっかり魅せられてしまいました。 途中、小さな石橋を渡ったとき、 何かどうにもいやあな気配と申しましょうか、なんともいいがたい感覚を背中に感じ、 よせばいいのに私は振り向いてしまったのです。 空には巨大な女の顔が広がっていました。 春の薄ぼんやりとした白い雲は月に照らされ、桜色の山肌は巨大な女の口でした。 その無表情なそれは、去年亡くなった私の母の顔なのでした。 「お母さん・・・」 私が思わずつぶやくと、やや先を行っていたKさんがびくりと肩を震わせました。 「見たんだね?」 「ええ」 「・・・ここで振り向くと、心の底にある女性の顔が見えるんです。そう言われてます」 「あなたは振り向いた事があるの?」 「ええ。一度だけ」 私はKさんの奥さんが自殺だったことを思い出しました。 Kさんの奥さんはノイローゼに苦しんだ末、自宅の梁にロープをかけて縊死していたそうです。 そして、第一発見者はKさんでした・・・ ふと見ると、橋のたもとには『面影橋』という文字をかすかに読むことが出来ました。
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