【洒落怖】マネキン

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  • 私には霊感はありません。幽霊の姿を見たこともありませんし、声を聞いたこともありません。ですが中学生のときに一度だけとても怖い体験をしました。

    中学二年生のとき交通事故で父を亡くし、母の実家へ引っ越すことになりました。祖父もずっと昔に亡くなっていたので、祖母・母・私の3人だけの暮らしになりました。

    父が死んだショックと新しい環境で不安もありましたがクラスメイトは温かく出迎えてくれました。その中でもS子は特に仲良くしてくれました。学校では教科書を見せてくれたり校内を案内してくれたり、放課後も話相手になってくれたり。S子と仲良くなるにつれ他の子にも心を開くようになって、2か月もたてばすっかりクラスにも馴染むことができました。

    そのクラスにはF実という可愛い女の子がいました。女の私から見てもF美は小さくて守りたくなるような可愛さがありました。席替えで偶然同じ班になったきっかけでF美ともいろいろ話ようになりました。F美も私と同じで母子家庭だということが分かり親近感も覚えました。

    まあF美の場合は死に別れはなく離婚が理由だったようですが。彼女も私と同じような境遇だと知りもっと仲良くなりたいなと思いました。ただし、それは始めて彼女の家に遊びにいくまでの短い期間でしたが。

    ある日、私はF美の家に行くことになりました。理由は覚えていません。昔の話だからというのもあります、それよりも彼女の家で見た光景があまりにも強烈すぎて、細かいことがあやふやになっているのだと思います。

    そこにはS子もいました。S子はF美のことがあまり好きではなかったようで私がF美と仲良くしていたことも気にいらなかったようです。それなのにS子がついてきた理由もやっぱり思い出せません。とりあえず、私とS子はF美の家を訪ねたのです。

    F美の家は古い平屋で木造の壁は反り返っていて、一軒家ですが庭はなく隣の家との隙間は僅かに開いているだけ。正直古臭いと感じましたが、私の祖母の家も年季が入っていますし、母子家庭で生活が苦しいのはしょうがないでしょう。

    F美が玄関で出迎えてくれました。家の中にあがると奥の部屋から綺麗なおばさんが出てきて私とS子に深々とお辞儀をしました。洗濯ものを取り込んでいる最中だったようで手にはタオルや下着をぶらさげていました。

    おばさんはどことなく嬉しそうな表情をしていました。その理由はF美が家に友達を連れてくるのは少ないからだと思います。あんまり家に人を呼ばないとF美自身も言っていましたから。

    F美の部屋に入ると私は驚きました。正直なところこんな古臭い家なのだからF美の部屋もボロボロで女の子らしくない殺風景な部屋を想像していました。F美は凄く可愛い子だと話しましたが、そのぶんオシャレには気を遣っているようで、明るい色のベッドや棚の上にはぬいぐるみが並んでいるなど、予想以上に女の子らしい部屋でした。たった一点を覗いては。

    部屋の隅に男が立ってこっちを見ていたのです。いや、正確には男のマネキンです。その姿は今でもしっかりと目に焼き付いています。マネキンなので当然ですが顔は綺麗に整っています。それだけに生気のない視線でまっすぐにこちらを見ていることに不気味さを感じました。

    マネキンは両腕を曲げ、Wのような形で横に広げていました。そして真っ赤なトレーナーを着て帽子を被っていました。さっきのおばさんが身に着けていた服よりも随分と高そうに感じます。

    私とS子は茫然としていましたがF美は気にかける様子もなくマネキンに近寄って帽子の角度を整えていました。その自然な行動に私は鳥肌が立ちました。

    「かっこいいでしょう」

    F美が言いました。感情のこもっていない口調でした。喜怒哀楽のどれにも当てはまらないその言い方に恐怖さえ感じました。

    「いらっしゃい。よく来てくれたわね」と言いながらおばさんがケーキと紅茶を持って部屋に入ってきました。不穏な空気から解放された気がしました。S子がおばさんからお皿を受け取りテーブルの上に並べます。私も手伝おうと手を差し出したのですが、ケーキと紅茶は全部で四人分あることに気づきました。

    あれ、おばさんも食べるのかな?そんなことを考えているとおばさんはニコニコと笑いながらケーキと紅茶をF美の机の上に置きました。そこはマネキンのすぐそばでした。F美はじっとマネキンを見つめていました。私からは彼女の髪の毛しか見えません。すると突然こちらを振り向いて何事もなくケーキを食べだしました。

    とんでもない場所に来てしまったと私は思いました。この家族はあれを人間と同じように扱っているようです。高価な服を着せたりケーキを差し出したり。でも二人ともあれに話しかけたりはしません。あれを一体なんだと思っているのでしょう。もし人間と思い込んでいるのなら私たちに紹介してくれそうなものです。なんだか中途半端な感じが余計に私を不快にさせます。服の下は汗でびっしょりでした。

    この家はおかしい。私はその思いを必死に振り切ろうとなにか話題になるものを探しました。部屋の隅に鳥かごがありました。意識をマネキンから遠ざけよう。いつも通りの会話をすれば安心できるような気がしました。

    『鳥飼っているの?』
    「いなくなっちゃった」
    『そうなんだ・・・』
    「うん、いらなくなったから」

    いらなくなった?変な言い回しが気味悪い。飼っていた鳥に対してなんの愛情も感じない言い方。もう帰りたい。この家はやばい。これ以上いたら私までおかしくなってしまう。

    そのとき「トイレ借りるね」とS子が立ち上がりました。「廊下の向こう、外出てすぐ」とF美が答えるとS子はそそくさと部屋を出ていきました。自分だけ逃げてと私はちょっとだけS子に対して怒りを感じました。

    もう何を話してもF美と意思疎通はできない。きっと変な答えしか返ってこない。私はずっと下を向いていました。ほんの数分ですが体感的にはとても長い時間が過ぎたように感じます。

    パタパタと廊下を走る音が聞こえました。S美が部屋に入ると「ごめんね。もう帰ろう」と私に言いました。S子の顔は真っ青でした。決してF美のほうは見ようとせず私の顔を見つめていました。「そう、おかえりなさい」とF美はいいます。ずれた言葉に私は悲鳴をあげそうになりました。

    S子が私の手を引っ張って外に連れ出そうとします。私は形式上でもおばさんに帰ることを一言告げようと思っていました。顔を合わせるほどの勇気はありませんでしたが、F美の部屋の向こうにある襖が少しだけ開いていたので、「すいません、失礼します」と声を出しました。

    その瞬間、手が伸びてきてピシャリ!と勢いよく襖が閉じられました。私たちは逃げ出すようにF美の家を出ました。夢中で走り続けました。S子は少しでも離れたいと言うかのように一言も喋らず全速力で走り続けます。ようやく安心できると思える場所につくと私たちは立ち止まり息を整えます。

    「もうF美と付き合うのはやめて」とS子が言いました。「あの家はやばい。F美もやばい。でももっとおかしいのはおばさん。あれは完全に・・・」と続けます。S子はトイレに行ったときのことを話し始めました。

    S子が部屋を出たとき隣の襖が開いていました。彼女は通り過ぎるときに何気なく部屋の中を見てしまったそうです。そこにはマネキンの腕が4~5本転がっていました。そのすぐ傍で座布団に座ったおばさんがマネキンの腕を狂ったように舐めていたのです。

    S子は恐怖に怯えながら用を済ませ、帰りにまたその部屋の前を通りました。チラっと目を向けるとこちらをじっと見つめるおばさんと目があいました。感情のない、まるでマネキンのような目。マネキンの腕があった場所には洗濯物が積まれていました。

    「マ、マネキンは・・?」

    S子はつい口を漏らしてしまいました。おばさんは何も言わずに黙ってにっこりと微笑みました。その直後、彼女は急いでF美の部屋にきて私を連れ出そうとしたのです。


    その日の出来事があまりにも恐ろしくて私はF美とは必要以上に喋らなくなりました。この話をみんなに言おうか迷ったのですがやめました。おそらく誰も信じないと思います。F美と親しい子にそれとなく話を聞いてみたのですがF美の家でおかしなものを見たことはないと言っていたからです。

    あれから十数年がたった今なら冷静に振り返ることができます。一体あれはなんだったのか今でも分かりません。もしあの家族がマネキンのことを隠していたかったのなら、どうして仲が良かった私だけじゃなくS子にも見せたのか。どんなに考えても納得のいく答えが思い浮かびません。

    今思うと腕のWの形にしているマネキンを見たことがありません。それでは服が着せられませんから。しかしあの赤いトレーナはマネキンの身体にピッタリと合っていました。まるで自分自身で着たかのように。これが私の体験談の全てです。

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