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窓から見えたもの
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今も昔も、私に霊感はない。 子供の頃住んでいたアパートは「出る」と有名だったらしく、 クラスメイトのアホ男子に 「お前あのユーレイマンションに住んでんだろ?こえー」 と度々からかわれていた。 実際アパートの住民にも「見た」と言う人は多く、 上の階に住んでいた母の友人はまさに見える人。 母と話している最中に突然 「女がこっち見てる」 などと言いながら ガタガタ震えだしたりしていたらしい。 彼女は「見た」時 手のひらに金粉が浮くらしく、 つい先ほどまでまっさらだった筈のその手のひらが いつの間にやらうっすら金粉に覆われている様を 母は何度も目撃しているのだとか。 姉も、よく 「非常階段に女の霊がいる」 と怯え、 決してその階段を使おうとはしなかった。 そんな環境で育ちながらもなお何も見えなかった私はというと、 そんな話を聞いた後も暢気に非常階段をお気に入りの遊び場にしていた。 何となく、私は このまま一生心霊体験などせずに死ぬのだろうと、 子供ながらに漠然と予想していた。 さて、そんな折。 小学三年生の頃の事だ。 給食の時間、 誰よりも早く給食のお盆を受け取った私は、 自分の席でぼんやりと窓の外を眺めていた。 他の小学校がどうだかは知らないが、 私の学校では、給食時は近い席の生徒と 6人の「班」を作らなくてはならない。 縦2列、前後3列の生徒同士、 机の向きを変えて ぴったり向かい合うように座るのだ。 その当時私の席は窓際から数えて2列目だった為、 班を作る際は窓際の席の生徒と向かい合えるよう 机の向きを変えていた。 つまり、窓と向き合っていた。 私の班のほかの生徒たちは まだ配膳の列に並んでいる最中で、 お陰で私の視界を遮る物は何もない。 おなか減ったなーなどと考えつつ 見るともなしに窓を眺めていたその私の視界に、 その時それは飛び込んできた。 白い、子供の手。 それは窓ガラスの向こうに唐突に現れた。 私に見えるのは手からひじの辺りまでで、 そこから下は壁に遮られて見えない。 その手は何か白いボールのようなものを握っていて、 おもむろにそれを上方へと放り投げた。 ボールはまっすぐ飛び上がり、 一度窓と壁(天井、と言った方が分かりやすいか)の境目に消えると、 やがて重力に従い落ちてくる。 白い手はそれを綺麗にキャッチし、 ひゅっと素早く下へ引っ込んだ。 私はすぐに思った。 「誰かが校庭に出てボール遊びしてる。 いけないんだ」 と。 校則で、給食が終わり 昼休み開始のチャイムが鳴るまでは決して校庭に出てはならない と定められている事は全校生徒が知っている事。 それを破った生徒は 教師から厳しい叱責を受ける。 当時クラスでも仕切り屋の部類に入っていた私は、 すぐさまその生徒を注意しようと思い、 席を立ち窓へと駆け寄った。 結局、 ボールで遊んでいたと思われる生徒の姿は 校庭になかった。 素早く校舎の中に逃げ込んだのだろうと、 その時は思った。 これだけならば何もおかしい話ではない。 当時の私も何ら疑問に思うことなく、 流石子供は単純思考、と笑いたくなるほど 素早く美味しそうな給食に思考を奪われてしまったのだから。 しかし先日、 小学校時代の友人に思いがけず再会し、 思い出話などをしていた際に、 不意に思い出してしまったのだ。 あの校舎の構造を。 あの小学校は四階建てで、 学年が低ければ低いほど、 なぜか高い階の教室があてがわれる。 5、6年は二階。 3、4年は三階。 1、2年は四階。 そう、あの手を見た三年生の時、 私は三階にある教室に居たはずなのに、と。 私自身が経験した不思議な事といえばこれくらいで、 相変わらず霊感ゼロの私は鈍く元気に暮らしている。 「出る」と噂されていたあのアパートからは とうに引っ越していたが、 今でも家族間でその話題が上ることがある。 弟に聞いたところ 彼もあのアパートで霊を見たことはないと言っていたが、 姉曰く 「下半身の潰れた女性が腕組みして 手すりに寄りかかりながら非常階段から下の駐車場を見下ろしてた」 だとか。 何でも、昔女性が飛び降り自殺したらしい。 あくまで噂の範疇を出ない話だ。 なんにせよ、 私は一生心霊的な恐怖を味わうことなく一生を終えるのだなと、 漠然と思っている。 見えない、感じない分には恐怖など感じない。 そんなことより怖いこと。 これもあのアパートに住んでいた頃の話なのだが。 朝登校しようと家を出たら、 先に仕事に行ったはずの父親が大慌てで戻ってきて、 「エレベーターを使うな、階段を使え!あいつらが来た!」 と私と弟を非常階段まで引っ張って行った事がある。 後から近隣の人に聞いたところ、 何でもエレベーターホールの入り口に 黒スーツの男達が誰かを待ち伏せているような様子で 仁王立ちしていたのだとか。 その時の記憶の方が洒落にならんほど怖いと思う。 何しやがったんですか、お父さん。
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