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そんな夫婦に悲劇が襲った
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また聞きで、 俺の体験談じゃないから本当かどうかはわからん。 なんとかっていう町で、 父親と娘で二人でやっている居酒屋があった。 小さいがつまみが旨いと評判の店で 地元の人を中心に何人か常連がいた。 その中にAさんという夫婦がいて、 トシは初老といったところ。 子供はいなかったが仲のいい夫婦で、 週一か週二のペースでその店に通って夫婦水入らずで 食事をするのを楽しみにしていたらしい。 感じのいい夫婦で、 そのお店の父娘とも気さくにしゃべっていたから よく覚えていたんだそうだ。 そんな夫婦に悲劇が襲った。 なんの病気かは敢えて聞いていなかったが、 結構前から奥さんは治る見込みのない、 つらい病気に悩まされていた。 日に日に病状は悪化しているという話だったが、 それでもなじみの店に来れば少しは気が休まるのか 来店のペースは落ちながらも ちょくちょく二人そろって食事にはきていた。 それがある日を境に ぱったりと来店しなくなった。 心配していた父娘の耳にほどなくして入ってきたのは 奥さんの自殺という最悪の知らせだった。 大変なことであっただろう。 かける言葉も見当たらないが、 もしまた店に来てくれれば 少しでも慰めになるのではないか・・・。 そんな風に思っていながら月日は流れ、 少し記憶からも消えかかっていたときに その夫さんはふらりと店に現れた。 もちろん一人ではあったが。 「何よその顔。心配かけちゃった?」 無理に笑顔を作っているのは痛いほどわかったが、 思っていたよりも元気そうだ。 「なんにしましょう?」 「最初瓶ビールね。」 「あいよ。」 「コップは二つね。」 父娘は一瞬顔を見合わせた。 夫さんはその微妙な空気を察したのか 「あ・・・。いけね、つい癖で・・・。」 と頭をかいた。 「A子、Bさんとこにコップ二つね。」 「はい。」 驚いて父さんを見る夫さんに向かって父さんは 「Bさん、久しぶりにゆっくりお二人で飲んでくださいよ。 最初の一本はサービスにしますよ。」 と気を利かせた。 「すまないね・・・。」 といいながら 夫さんは最初に自分のコップに、 その後向かいの席に置いたもう一つのコップにビールを注ぎ、 軽くコップを合わせた後 ゆっくりと飲みだした。 何本か瓶を空けた後、 「ちょっとトイレ。」 と言って夫さんは席を立った。 楽しそうに飲んでいるその空気のせいか、 娘さんにちょっとしたいたずら心がわいた。 不謹慎なことだったのかもしれないが、 その時の娘さんにはそんな気持ちは一切なく、 「こうしたら夫さんは少しは驚き、 そして笑うんじゃないかしら」 という思いだけだった。 奥さんのために注がれていたビールを 一口分ほどこっそり手に持っていた新しい布巾の中にたらし、 その布巾をさっと隠した。 夫さんが出てこれを見たらきっと驚くだろう。 そしたら 「あら、奥さんが少し飲まれたのかしら」 と言ってみよう・・・。 ほろ酔い気分でトイレから帰ってきた夫さんが発した言葉は 意外なものだった。 「A子ちゃん、困るなあ。いたずらしちゃ。」 え?なんで? トイレの扉が完全に閉まっていたのは確認した。 夫さんからは私の行動は見えていないはずなのに・・・。 びっくりして言葉が出ない娘さんにむかって 夫さんはさらに言った。 「C枝がさあ、 トイレの中で教えてくれたんだよ。 A子ちゃんがなんかやってますよーってね。」 奥さんの名前だ。 いくら酔っていても 夫さんはいつもはこんな冗談を言う人ではない。 なんでこんな事を言うんだろう。 なんでばれたんだろう・・・。 「トイレの奥の方にいるよ? 聞いてきてみなって」 「トイレの・・・奥ですか? あ・・・・はい。」 楽しそうに話す夫さんの、 その雰囲気を壊したくなかったということもあり、 気が進まなかったがトイレに行ってみた。 奥さんがねぇ。まさかねぇ。などと思いつつ ひとつひとつは小さいが 3つもある個室を手前から順にのぞいていく。 ひとつめ。ふたつめ。 みっつめをのぞきこんだとき、 娘さんは大声をあげ腰を抜かした。 みっつめの個室の中にいたのは 夫さんが首を吊っている姿だった。 一番奥の個室の上には排気だかの太いダクトが通っており、 そこに自分のベルトをひっかけて首を吊っていた。 もう息はしていなさそうだ。 嘘だ、夫さんはさっき自分の席に戻ったはず・・・。 立たない足腰をなんとか引きずりながら店内に戻ると もちろん夫さんの席には誰も座っていなかった。 「と、父さん、Bさん、Bさんは・・・・!!!」 「え?まだトイレから戻ってないだろ? 心配して見に行ったんじゃないのかい?」 ほどなく家から遺書が見つかった。 これからC枝との思い出の場所をまわってみる。 C枝ともしまたどこかで出会えたら、 そこで、私も・・・。 店で自殺があったとなれば 客商売としてはつらい。 でも夫妻の気持ちを考えると 娘さんはそれだけでお店を閉めることには反対だった。 そんな娘さんに父さんは言った。 「いつからかはわからんが、 奥さんはあそこにいるわけだ。 もしかしたら、今となっては夫さんも・・・。」 父さんはお店をたたむことを決めた。
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