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モロオヤジ
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長編5分
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学生のころ、友人宅に遊びに行ったときの話。その友人は、他人を家に上げないことでちょっと有名だったんだけど、なんとか初潜入に成功。男の一人暮らしにしては綺麗に片付いているほうだったし、特に拒む理由も見あたらなかったのだけど。どうもさっきからキョロキョロしている友人。時々「あぁ」とか、「おぅ」とか呟いている。不思議に思って問い詰めようとしたら、急に「わぁっ」と目を見開いて叫んだ。「なんだよ」と問えば、「いや、この部屋にはな、小さいおじさんが住み着いてんだよ」と言う始末。 普段はそんなこと言わないような男だったので、さらに聞くと、それは手のひらより一回り程大きい、ランニングに股引、バーコード頭の『モロオヤジ』なのだそうだ。特に何もしないが、無視し続けると拗ねるので、見ていてやるのだと言う。よく聞く類の話ではあったが、『拗ねる』というのはなんだかかわいい感じだったので、「そんなペットみたいなおじさんなら、俺もみてみたいかもな」と言うと、奴は「あぁ―――」と少し間を取り、「時々な、手と口を血で真っ赤にして出て来るんだよ。初めて見たときはマジビビったな。もう慣れたけど」と付け加えた。友人が驚いたことに味を占めたのか、小さなおじさんは時々そういう格好で出てくるのだそうだ。驚いてやると本当に嬉しそうな顔をするから、最近ではびっくりしたフリをしてやっている、と奴は語った。半年ほどして、友人から『引っ越すことにした。小さいオヤジを見たいなら部屋空いたぞ』と連絡が。もちろん、そこへ引っ越すことなどまったく考えられなかったが、奴が引っ越す理由に何となく興味が湧いたので、話だけでも聞きたかった。電話をしてその旨伝えると、以前はすらすらと話したのになんだか渋っている。交渉の結果、メシを奢る事と引き換えに話す、という方向で落ち着いた。で、ファミレス。向かいに座った男は、私の奢りでメシを食っている。最近は知り合いの家を渡り歩き、部屋にも帰っていないそうだ。「何があったんだ?」と問う。奴はメシを平らげ、「実は―――」と語りだした。件の小さいおじさんの脅かしを、たまたま無視してしまったのだという。しまった!と思いおじさんを見ると、それはそれは嫌な顔をしていたそうだ。「それで―――ムカついたんだ」そこから奴とおじさんの無言の戦いが始まった。奴がことごとく無視し、おじさんはあの手この手で驚かせる。もの凄い勢いで突進してきたり、奇声を上げたり。寝起きに目の前に立っていたことも、一度や二度ではないという。「声あげたときはちょっと感動したな。ああ、声出るんだって。それ以外は、何か卑怯臭いことばっかりしてくるからなあ。正直、寝起きドッキリとかはウザかった」どうやらこの静かな戦いは、奴の優勢で進んでいた。「その日はレポート書いててな―――」PCのモニタを睨みつけている奴の目の前に、血まみれの小さいおじさんが現れる。奴は『またか』程度に受け止め、次に備えるためその行動を逐一観察していた。ひょこひょこと、それは滑稽な歩き方をするらしい。目の前に座り込み、おじさんは宿敵を見上げた。奴も負けじと睨み返す。そして気付く。おじさんが丸い何かを抱えている。それはピンポン球くらいの大きさで、やはり血まみれだった。今日の武器はそれかとばかりに奴はそれを見る。じっと見つめる。それが目を開いた。「俺の―――頭だった」小さな自分の生首と見つめあい、奴はついに心の底から悲鳴を上げた。「そして、小さなオヤジは嬉しそうに消えて行ったよ。本当に嬉しそうに笑ってさ。オヤジが消えて、俺の生首も一緒に消えても、自分の頭がちゃんと付いてるか、何度も確かめたね。あれは、本当に怖かった。うん、完敗だったな」その時上げた悲鳴と同じくらい、心の底から悔しいという表情で奴は言った。「もしかして、悔しいから引っ越すのか?」と問うと、すぐに「当たり前だ」と答える。「でも、今度またビックリするのを忘れて同じ様なことになったら、あれ以上怖い思いさせられるのは体に悪い」当たり前だろ、と突っ込めずに、奴の独白を聞き終えた。
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