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明晰夢
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中編3分
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一時期、悪夢ばかりを見ていた事がある。 あまりにも頻繁に見るので、それが悪夢だとわかった瞬間に「これは夢だ」と気付くようになってしまった程。当時の俺は「自覚夢」という言葉を知らなかったが、悪夢限定で自覚夢にできるようになってからは、悪夢から避難できるようになった。 夢の続きを見ないように目を覚ましてしまえばいいのだ。俺の悪夢には一つの特徴があった。 悪夢が始まる時には、子供サイズの「何か」に手をぎゅっと握られるのだ。それを合図に「目覚めろ!」と強く念じて、ガバッと跳ね起きる。 しかし、困った事に気付いた。それでは、目が覚めてからも「怖い」という余韻が残ってしまい、目が冴えて眠れなくなってしまうのだ。 考えた末、俺は思い付いた。夢の中で夢だと気付いているのだから、夢をコントロールできるのではないか?当時の俺は、勿論「明晰夢」という言葉も知らなかった。 それからは、悪夢は全て明晰夢となった。「何か」にぎゅっと手を握られるのを合図に、俺は夢の中で自由に動き回る。 明晰夢の快感は、体験した事のある者にしかわからないだろう。俺にとって、悪夢は恐れるものではなくなった。 むしろ寝る前に「悪夢来い、悪夢来い」と念じるようにすらなっていた。既にそれは、悪夢とは言えなくなっていたわけだ。 そんなある日、俺は夢を見ていた。レトロな雰囲気の屋敷に、母と娘、娘の婚約者、婚約者の友人が暮らしている。 父親はいなかったが裕福な家庭のようで、使用人が沢山いる。俺は、その使用人の一人だった。 婚約者の友人は、娘に恋をしてしまう。それに気付いた婚約者は、友人を阻害するようになる。 娘は何も気付かず、友人に辛く当たる婚約者を嫌うようになる。ギスギスした三角関係が繰り広げられる中、沢山いた使用人は、一人、また一人と屋敷を後にする。 そんな中、俺はふと気付いた。あれ、これは夢だ、と。 「何か」に手を握られたわけではなかった。つまり、悪夢ではない。 おかしいな、いつもと違う・・・しかし特に気にもせず、俺は明晰夢を楽しむ事にした。俺は使用人である事をやめ、透明人間になって屋敷の中を自由に歩き回り、どろどろとした人間関係を心おきなく観察して回った。 使用人のままでは入る事のできなかった個人の寝室に忍び込んだり、娘と婚約者が喧嘩しているのをそばで聞いていたり。そうこうしているうちに、俺はある事に気付いた。 その屋敷の中には、自分と同じようにもう一人の透明人間がいた。何故か現代的な服装をした、野球帽をかぶった子供だ。 俺とその子供は、使用人の一人もいなくなった屋敷の中をフラフラと歩いた。やがて屋敷の住人は、一人ずつ死んでいった。 まず、言い争いで逆上した婚約者に、娘が殺された。婚約者は巧妙にそれを事故に見せかけた。 一人娘を失った母親は、発狂して自殺した。全てを知った友人は、婚約者を問い詰めた。 二人は屋敷の中で対決し、二人とも死んだ。そして、屋敷には誰もいなくなった。 夢が終わってしまったのだ。俺は戸惑っていた。 こんな事は初めてだ。そろそろ目を覚まそうかと思った時、子供が俺のそばに立っていた。 「皆死んじゃったな。これからどうする?」俺は子供に声をかけた。 夢の中で何日もすごしていたが、子供に話し掛けたのは初めてだった。「・・・なんだよ」子供が言った。 聞き取れない。「え?なんて言った?」「俺は、・・・なんだよ」声が、子供のものではなかった。 しわがれたような奇妙な声。俺は思わず子供を見下ろした。 子供の目が、真っ黒に塗りつぶされていた。耳まで裂けたように笑う口も、真っ黒だった。 「俺は、・・・なんだよ」子供のような「何か」は、俺の手をぎゅっと握った。「目覚めろぉっ!」俺は、叫んで跳ね起きた。 あの子供がなんだったのか、今は薄々気付いている。
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