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【洒落怖】用水路

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  • 俺が中学生の頃だから、随分昔の話だ。

    当時はスキャン機材とか普及してなかったろうから、俺の住んでた田舎では奇妙な風貌の人をワリと良く見かけた。俺の家から中学までの通学路に、鬱蒼と繁った木々に囲まれたボロアパートが建っていた。

    そこはどうやら奇妙な風貌の人達が住んでいる所らしかった。中学では噂になっていたし、実際そこにいろんな人が入っていくのを俺自身見かけていた。

    そのアパートの道の脇には用水路が流れていた。幅は2m程度で、覆いも段差もなかった。

    道の脇にいきなり1m落差の用水路があったわけだ。そのアパートの前を通るのは正直気持ち悪かったが、そこを通らないと中学まで十分近く余計に歩かなければならなかった。

    だから俺たち生徒は仕方なくその道を使っていた。中学に通い初めて最初の梅雨時分。

    その朝も雨が降っていた。俺がちょうどそのアパート前の道を中学へと向かっていた時、反対側から傘を差したオッサンが自転車で走ってきた。

    そしてゆるいカーブを曲がりきれずに、そのまま自転車ごと用水路に落っこちた。その時俺の周りには同じ中学に通う生徒が沢山いた。

    スーツ姿のオッサンが用水路にはまってヨロヨロ這い上がって来るんだ。そりゃもう揶揄嘲弄の声が飛びまくる。

    と、思った。だが、騒いでいるのは俺たち一年だけのようだった。

    二、三年の連中は明らかに見てみぬフリをしていた。良くある事故でつまらない、という風ではなかった。

    口元が強張っていた。とにかく関わり合いになりたくない、そんな風で足早にその場を去っていった。

    笑っていた俺たち一年の声に混じって、小さくギャヒヒヒヒィ~という耳障りな笑い声が聞こえた。それは用水路向こうの例のアパートから聞こえてきたようだった。

    俺たちの中学はいわゆるマンモス校で、一学年が七百人近くいた。それだけいれば中にはすごくかわいい女の子もいるわけだ。

    学年ナンバーワンと評される彼女と俺は同じクラスにいた。仮にN子としよう。

    オッサンが用水路に落ちてから一週間ぐらい経ったある日。俺は例のアパート横へ続く道を通って下校していた。

    と、チリンチリンと自転車のベルが鳴り、「工藤(俺)君、バイバーイ!」と自転車に乗ったN子が俺を追い越していった。N子は声もかわいらしかった。

    そのままN子を見ていると、突然自転車が蛇行しはじめた。そして大きく振れたかと思うと用水路に自転車ごと落っこちた。

    俺は慌てて駆け寄り、用水路からN子を引っ張りあげた。N子はまるで目の焦点が合っていなかった。

    俺が大丈夫かと尋ねると、「何だか落っこちた方が楽しいような気がして~」と、うわ言の様につぶやいた。そこはアパートの真横だった。

    木立の向こうからまたあの耳障りな笑い声が聞こえたような気がした。俺はその後もその道を通り続けた。

    下校の時刻はまちまちだったが、少なくとも月に一度は用水路に落ちる人を見かけた。場所はだいたいそのアパートの横に決まっていた。

    俺が見ていない分も含めればかなりの人がそこで用水路に落ちていたはずだ。N子とは二年でクラスが別になったが、頻繁に用水路に落ちていたようだった。

    自転車をやめ、徒歩にしても、用水路とは反対の大通りを通るバス通学にしても、時々わざわざ用水路に落っこちに行っていたようだった。かわいらしかったN子は見る影もなく痩せて、陰気な風だった。

    彼女のそばによると用水路の生臭い臭いがした。そして誰もN子に関心を持たなかった。

    イジメすらなかった。さすがに両親が心配したらしく、三年になる前にN子は転校していった。

    先日弔事で久しぶりに田舎に帰った。実家のある旧市街地はすっかり寂れてしまっていた。

    俺が田舎を離れている間に出来たのであろう馴染みのない喫茶店で茶を飲んでいた時、ふと窓の外を見た。道の向こうを親子連れらしい3人が歩いていた。

    男は脚を引きずるようにあるいている。明らかに奇妙な風貌の人だった。

    そして妻と思われる女は流行遅れのセーターを着込んでいたがかなり痩せていた。そして生気のないその横顔にN子の面影をみた。

    子供もやはり奇妙な風貌だった。十歳ぐらいだと思うが、良く分からなかった。

    一瞬、溶けたような顔をした子供と目があったような気がした。N子のその後やあのアパートの事を地元の友達に聞いてみたが、皆一様に口が重かった。

    明らかに忘れたがっているようだった。アパートはずいぶん前に火災で焼失し、その後用水路もコンクリートのふたで覆われているという。

    N子が今どうしているかは、誰も知らなかった。

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