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十九地蔵
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中編4分
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俺の家は広島のど田舎なのだが、 なぜか隣村と仲が悪い。 俺の村をA村、隣村をB村としよう。 不思議な事に、 なぜ仲が悪いのかは不明なのだ。 A村の住人に聞いても、 B村の住人に聞いても 明確な理由は解らない。 理由不明。 しいて言えば、ご先祖様の代から、 互いに敵対していたと言う理由、 つまり先祖の遺恨しかない。 A村、B村の人間は、 結婚など御法度である。 そればかりではない。 俺のじいさんなどは、 B村へは決して、いくなと言う。 別に、 B村は部落民と言う訳では決してないし、 A村も同様である。 俺「なんで行っちゃいけないの」 と子供の頃の俺が聞くと、 それは、B村の呪いで、 災いを被るからだ等と言う。 曰く、 じいさん「A村、B村の境の道祖神を越えてA村の者がB村へ行くと、必ず禍を受ける。」 じいさん「例えば、B村○○の四つ角では事故を起こす者が多いが、決まってA村の者だ。」 じいさん「反対を押し切って結婚し、B村へ嫁いだ△△の娘が早死にした。」 じいさん「B村の□□川は流れが急で、深いから、5年か10年に一度事故が起こる。 それが、不思議にA村の者ばかりだ。」 と言ったものだった。 勿論、本当かどうかは知らない。 正直なところ、 俺は祟りなぞ信じていない。 じいさんに、B村へ行くと、 何でA村の人に危害が出るのか聞いてみた。 じいさん「十九地蔵が呪うからだ。」 とじいさんは答えた。 十九地蔵と言うのは、 B村の××神社にある十九体の地蔵で、 俺も見た事があるが、 歴史を感じさせる古さがあるものの、 ごく普通の地蔵である。 俺「なんで、お地蔵様が人を呪うの?」 じいさん「それは知らん。」 等と適当な事を言う。 こう言う因習については、 若い世代ほど気にしない。 俺なども事実、B村の友達もでき、 一緒に遊んだほどだ。 B村の友達に、 B村ではA村に行くなとか、 言われた事ある? と聞いてみたが、 友達はそんなこと言われた事はないと答えた。 ますます俺はじいさんの古臭さを馬鹿にして、 じいさんの言ってることは気にも留めなかった。 ある日俺は、兄貴と、 B村にある□□川へ泳ぎに行った。 じいさんには禁止されていたが、 もちろん気にしない。 所が、泳いで10分もしない内に、 兄貴が出るぞと言いだす。 俺がまったく霊感が無いのと対照的に、 兄貴は子どもの頃から非常に霊感の強い男だった。 俺「なんで、いま泳ぎ始めたばっかだよ。」 兄貴「いいから、かえるぞ!!」 俺は兄貴の真剣な形相に驚き、着変えもせず、 短パン姿のまま衣服を持って、走って帰る。 俺「なあ、なんで帰るん。」 兄貴「お前、見えなかったのか。」 俺「えっ、何が。」 兄貴「なんだが良く解らんが、 黒い影の様なもんが20人近くいて、 それが、俺らにものすごい敵意を向けてたぞ。」 俺は、20人近い影と言う事と、 十九地蔵と言う事が頭の中でリンクして、 とてつもない嫌な予感を感じた。 なぜ、両村の仲が、理由もなく悪いのか、 これに納得がいったのは、 俺が大学院に進学した頃である。 A村の神社より、 ある文献が発見されたのだった。 それは、室町時代後期、 A村とB村が××川の水利権を巡り、争いを起こし、 A村がB村との戦いに勝ったと言う内容である。 豊臣秀吉の刀狩りが示している様に、 刀狩りされていない時代の農民は、 決して後世のイメージ通りひ弱な存在ではなく、 武装していたのである。 兵農分離も進んでおらず、 農民と武士の境目は曖昧である。 だから戦に勝った記憶は大変名誉なこととして、 誇らしげに記述されたものだった。 けれども、時代が下って、平和な江戸時代。 この様な不穏な文献は、 誇らしい記憶から忌わしい記憶となった。 よって、A村の神社へこっそりと隠されたのである。 この文献は中世史を語る上でも重要な文献らしく (つまり農民=弱者というマルクス主義史観を覆すと言う意味でね)、 地方紙ではニュースになったし、大学から学者がかなり来た。 その内容から一部要約して抜粋すると以下の通り。 「A村とB村が××川の水利権を巡り争った。 A村が奇襲をかけることにより、戦に勝ち権利を治めた。 A村の戦での被害は軽微であり、軽傷者5名。 B村の物を16名打倒した。 また戦の巻き添えに女2名、子供1名が死んだ。 計19名の内には、 B村庄屋であり××神社宮司を務める●●家当主、宗衛門義直を含む。」 十九地蔵が呪うと言うのは、 じいさんの勘違いだった。 十九地蔵はこの時の死者を弔うため、 B村で建てられたものだった。 けれども、地蔵にさえ癒し得ない、 抑えきれないほどの、深い深い、A村への恨みが、 まだこの地には残っていたのである。
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