ダークモード

【じわ怖】浜辺の寓話

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  • 俺の旧来からの趣味に『釣り』がある。

    とは言っても、某巨大掲示板で
    そのスレッドを度々賑やかす方の意味での『釣り』では無い。

    こっちは正真正銘のサーフフィッシング、
    いわゆる『投げ釣り』というヤツだ。

    紺碧の大海原に向かい力の限り
    ロッドを振り下ろす爽快感たるや、
    これがなかなか癖になったり…。





    その日も俺は、夜も明けきらぬうちから
    穴場のポイントへ向かうべく、

    スクラップ扱いの
    トヨタスプリンターのハンドルを握っていた。

    ここだけの話結構飛ばし、
    さほどの時間も要さずに
    現地に着くとトランクを開け、
    さっそく軽く舌打ちをする。

    「ありゃ。折りたたみ椅子を持って来るのを忘れちまったか」

    基本的に立った姿勢でのアプローチが多い投げ釣りであるが、
    長時間夏の日差しを浴びながらのそれは結構きついものがある。

    べったりと岸辺に腰を下ろすにしても、
    砂と湿り気とでいたずらにズボンの尻を汚すだけだ。

    手頃な敷物を探すべく周囲を見渡した俺は、
    砂の中に半分ほど埋まっている古ぼけた板に目を留めた。

    大きさは縦横70㎝程、
    通常のベニヤ板よりもひと周り小さなそれは、
    多少たわみも認められたものの、座る分には問題ない。

    さっそく掘り出して腰を下ろし、
    仕掛けを作り終えた俺は第一投を試みた。

    弓状にしなるロッドの風切り音と共に
    勢いよく射出されたジェット天秤は
    ゆるやかな放物線を描いた後、
    海上彼方のポイントに小さなしぶきを上げて着水する。

    それを認めて再び板にどっかと座り込む俺。

    クリック音を響かせながら
    リールに巻かれたラインが幾重にもシャフトを覆い、
    殆どそれが巻き取られた頃には
    仕掛けの先には4匹ほどのいい型をしたシロギスが、
    銀色の鱗光を伴いながら波打ち際に跳ねていた。

    「うん、幸先がいいぞ」

    針から外した獲物をシメて
    無造作にクーラーボックスへ放り込み、
    餌であるアオイソメを針先に通していたその時である。

    「座っちゃ駄目だよお…」

    俺の背後から初老の男性と思しき、
    間延びした声が聞こえた。

    訪れる人も少ない釣り場であるが、
    早朝の散歩をする老人や漁師に声を掛けられる事は意外に多い。

    おそらくその声の主もそんな類のおっさんであろう。

    しかし座っちゃ駄目とはちょいと挑発的な物言いだなあ、
    座っちゃいけないワケでも聞いてみるか。

    「はい?」

    『何で座っちゃいけないんですか?』

    との極めて紳士的な問いを
    喉の奥でスタンバイさせつつ、
    勢いよく振り返る俺。

    …しかし、声の聞こえたと思しき辺りには
    人っ子一人居なかったものである。

    「ありゃ?何かと聞き違えたのかなあ」

    釈然とせぬまま、
    俺は再び針に餌をつけ始めた。

    「座ったら駄目だって…」

    今度は明らかに、
    俺の耳元で先ほど同様の声がする。

    いや、耳元と言うよりもむしろ、
    頭の中に直接響いて来たかの様な感覚であった。

    「だから誰よ!」

    ギョッとして再び背後を見据えた俺の目には、
    やはり誰一人の姿も映らない。

    「何だろうね、薄気味悪いな」

    俺はぶつぶつ呟きながらも二投目に入ったのであるが、
    不思議な事にそれ以降ピタリと
    当たりが無くなってしまったのである。

    針に掛かるのはいわゆる『外道』として忌み嫌われる
    親指大のクサフグやらウグイやら、
    果てはゴム手袋に至るまでが、
    まるで親の仇であるかの如く
    何度も何度も俺の仕掛けに引っかかって来た。

    焦り始める自分とは裏腹に、
    時間だけがただ無情に過ぎてゆくばかり…。

    「波はほぼベタ凪ぎだし
    ポイントには正確に打ち込んでるってのに、
    一体どういう…」

    そうこうするうちに日も天頂近くに達し、
    肌を焦がす熱波もいい加減鬱陶しく感じた俺は、
    忸怩たる思いでその場からの戦略的撤退を決意した。

    「あの変な声でケチが付いたな。
    もう納竿する事にしようっと」

    ひとたび大きな欠伸をして、
    尻に敷いている件の板を拾い上げた俺は
    その時初めて気がついた。

    その板を裏返したところ、
    わずかながらも掠れかけの文字が見て取れたのである。

    「ん、○×丸…?
    ってこの板、近海漁船か何かの船尾板の破片だったのかよ」

    俺の脳裏に蘇る、
    先ほどのあの間延びした声。

    「さっきの声の主は、
    ひょっとしてこの舟にゆかりのある人だったのかな。
    そりゃあ自分がかつて関わってた舟に、
    見ず知らずの奴がケツ掛けたとあっちゃあ、
    誰だっていい気持ちはしないもんなあ、うん」

    その板を元の場所へと戻し、
    心の中で軽く頭を垂れる俺。

    帰路につく際に背負い込んだ、
    完全敗北の証である釣果の入ったボックスは
    殆ど空っぽ同然であるにも関わらず、
    俺の肩には妙にずっしりと重く感じられたものであった。

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